現在13位です。足りないものの買い出しもしないとだなー。
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19年ぶり5度目の引っ越し、大変でした。とりあえず最低限の生活ができるレベルには
もっていけましたのでよかったです。もうこれで引越は最後にしたいです。
人生における初めての引っ越しは、18歳になり大学に通うために一人暮らしを
することになった時です。この時は「親元を離れて一人暮らししたい」という
不純な動機があり、受験する大学も「首都圏で東京に遊びに行けるけど実家からは
微妙に通えない」ところを狙って受験しました。結果として、受験した中では一番
偏差値がいい大学に進学することができたのでよかったのですが、今にしてみれば
経済的な負担をかける子供じみた動機だったなあと思うのでした。
この時は坂の中腹にある1K和室で、三点でもユニットでもないバストイレ一緒の
物件でした。在来型のお風呂の洗い場に無理やり便器をつけてありました。
隣はフィリピン人のおばちゃん、上の階では窓を開けっぱなしでことをなされており
超でかいあえぎ声が聞こえてくる物件でした。今思えばすごい物件でしたが、
住めば都とはよく言ったもので、割と快適に住んでいた気がします。
ちなみに大家さんは近所の工務店の社長でした。人の好さそうなおじちゃんで、
たまに謎の差し入れとか持ってきてくれてました。バブル期に工務店で一山あてて
アパート作って節税なり副収入なり作ったタイプなんだろうなあ。
就職に伴い、大学5年生(諸事情で留年しました)になって内定をもらった後で
会社の補助を使って就職3ヶ月前くらいに引っ越した次第です。
ちなみに退去時に大家さんが和室→洋室の工事を原状回復と称して請求してきたらしく
父が激怒して絶対に金なんか払わないと宣言し、通常の原状回復すらも払わずに
終わったという話があったと後から聞かされました。いや普通の原状回復も払わないのは
ダメでしょ・・・。あとそれだけブチ切れてたくせに、その交渉は自分がやらずに
母にやらせていたのも減点(苦笑)
5年ぶり2度目の引っ越しは、前述のとおり社会人になる直前です。新卒で就職する
会社に家賃補助があったので、都内の割といいところに引っ越してきました。
この時も新しさより広さとコスパを重視。30平米の築30年くらいの木造アパート、
1DKの物件に引っ越しました。
仕事が結構忙しかったので、せっかく学生時代に楽しく遊んでいた町に引っ越したのに
あまり街で遊べなかったのは残念でした。この頃は熱帯魚にはまっており、水槽を
何本も置いていました。床が抜けないか心配で、コンパネ買ってきて床に置いたりして
負荷分散させてましたが、そもそもやっぱり水槽6本とか賃貸で置いちゃダメですよね。
地震とかあったら大変だったなあと今は反省しております。
当時はネトゲ廃人もしていましたので、早い回線を求めていましたが、当時全盛期の
ADSLが「線路が近い」という理由で使えず。ずっとISDNで頑張っていましたが
終盤に入って光回線が登場して回線速度が劇的に早くなり感動したのを覚えています。
住み心地が良くてずっと住んでいたかったのですが、社会人3年目で転職しまして、
転職先のオフィスに通うには遠くてしんどくなり、引っ越しすることにしました。
4年ぶり3度目の転職は、同じ都内ですが方向は真逆。西側から東側に引っ越しました。
はじめてのS造物件。1階にオーナーさんが住んでいて、2階と3階が賃貸。
陸屋根の屋上にペントハウスを増築しており、そこも貸している物件でした。
たぶん容積率オーバーの既存不適格だろうなーと今なら想像がつきます(笑)
私道と思われる道路の一番奥の物件でした。
間取りは2DKで私は2階に住んでました。片方の和室は寝室兼DJブース部屋で、
もう片方の洋室がメインの居住スペース。熱帯魚熱は少し冷めており、水槽は1〜2本。
水槽の引っ越しが大変だった記憶があります。
駐車場代が安くなったので、車を買ったのもこの物件に引っ越してからでした。
近場に駐車場を借りて、近くのショールームで車を買いました。ペーパードライバーゆえ
納車いただき駐車場まで運転する間に、何回も一時停止を無視してしまって、
同乗していたディーラーの営業マンの方に何度も「あ、そこ停まらないと」と
指摘をされたものでした・・・。
その後ちゃんと運転に慣れて、遠出もできるようになり、夏フェスに車で行くなど
楽しい思い出を作ることもできましたし、田舎の事務所だったので車でオフィスまで
通ったりもしてみたことがありました。
嫁ちゃんと結婚することになり、建売住宅を購入することにしたので、この家は引き払い
お引越をしたのでした。
2年ぶり4度目の引っ越しは、昨日まで住んでいた建売住宅への引っ越しです。
4LDKだったので、何も考えずにすべての荷物を移動させたのですが、後から
合流してきた嫁ちゃんに「私は引っ越すためにいろいろ断捨離したのに、何も考えず
全部持ってきたんかい!」とえらい勢いで怒られたのは覚えております。
この家は嫁ちゃんと一緒に暮らしてきた家ですし、2007年から2026年まで
19年も住んでいましたから、実家で過ごした時間よりも長い時間を過ごしたわけです。
書き始めたらきりがないですが、駅からも近く便利な家でした。
そして今回、19年ぶり5回目の引っ越しは、4度目の引っ越しをした頃には
全く想像もしていなかった「老後も狭小三階建に住めるのか」という観点でした。
結果として人生はじめての注文住宅を作ることができたので、大変満足しております。
久しぶりの引っ越しでしたが、嫁ちゃんの意向もあり、事前にかなり時間を取って
飲み会や予定も基本的には自粛し、荷造りや引っ越しの手続きを優先しました。
それでも事前にできることって意外と少なく、普段使っていなかったものを断捨離し
荷物を軽くすることがメインの作業になっていたと思います。荷造りできるものは
荷造りしましたが、そうもいかないものも多かったです。
インターネット回線の引っ越し手続きや、電気・水道の開通手続きの予約であったり
転居届の提出など、ある程度の作業は事前にやっておきました。この辺はAIも活用して
タスクの洗い出しをしました。やっぱり便利ですね、AIは。
1週間前になって、荷造りの段階を一つ上げて、よりガッチリと荷造りを開始しました。
割とけっこうな数の荷造りができたので良かったのですが、それでも直前まで使うものは
こんなにあるんだな、ということを思い知らされた感じです。
その後の荷造りは嫁ちゃんに任せました。私はこの週は決済と引っ越しで2回も休むため
残り3日全部出社日になってしまいまして、戦力外状態だったのです。嫁ちゃんには
苦労を掛けさせてしまいました・・・。
そして引越当日。朝になっていろいろと詰め込んでいるうちに業者さん到着。
時間が足りないぞーとドタバタしながらその辺の箱にとにかく詰める作業を繰り返し、
こりゃ到着した時はきっとどこに何が入ってるかわからなくなるぞと思ったのでした。
本当は水槽のベタもパッキングして水槽を洗って業者さんに持っていってほしかった
ところですが、とてもじゃないけど無理でした。ベタはまだ旧居におります。
週末のうちに連れてこれるようにしないと・・・。
引越当日にあわせて配送したものもいろいろあり、とりあえず移動できてないから
置き配にしておいてください、など対応をしつつ、なんとか引っ越し先に荷物を
持って行くところまでは完了。
その後は梱包を解きながら、最低限必要なものを出す作業を実施。
特に嫁ちゃんがあまり体力がないので、台所など嫁ちゃんが使うところを中心に
荷物の取り出しと格納を実施しました。その合間に、旧居に一部残ってしまった
荷物を取りに往復したりもしました。あとは引っ越しのご挨拶にお菓子を買ってきて
近隣にご挨拶に行ったり(不在だったので今日もう一度行きます)。
なんとか台所は形にできたので、夜はビールとハイボールを飲みながら、アニメを
一緒に見ました。嫁ちゃんからは「初日の夜から日常が戻ってきたー」と喜んで
貰えましたので良かったです。
ということで、この週末は引き続き御片付けをします!
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